さて、今回のサウジアラビアGPの決勝は、オープニングラップのターン1でのピアストリとフェルスタッペンの攻防が勝敗を決したかたちとなりました。ターン1での2台のサイド・バイ・サイドの末、ターン1〜2のシケインをショートカットしてコースに戻り、その後もピアストリの前をキープし続けたフェルスタッペンに対し、5秒のタイムペナルティが下りました。
今のスポーティングレギュレーションには、解釈の余地と言いますか、あえて表現すればグレーゾーンがあります。まず、ターン1は2台で並んで入っていけるコーナーではなく、どちらかのドライバーが完全に引かなければ(譲らなければ)、サイド・バイ・サイドからのオーバーテイクは成立しないコーナーです。
スタートで抜群の蹴り出しを見せたピアストリは、ターン1のエイペックス(頂点)を迎える以前からフェルスタッペンの前に出ていました。そこから2台並んでエイペックスを迎えるにあたり、それまで前にいたピアストリが譲る必要はありません(編注:エイペックス前からピアストリ車のフロントアスクルが、少なくともフェルスタッペン車のミラーと並んでいたため、最新版のドライビング・スタンダート・ガイドラインではピアストリが譲られるべき権利を有する、という判断になる)。
わずかに後ろに位置したフェルスタッペンはターン1のエイペックスに向けて、自分のクルマのノーズをピアストリよりも前に出すべく、あえてブレーキングを遅らせていました。これは『エイペックス時点で前に出ていた』と優先権を主張するためですが、あそこまでブレーキングを遅らせて、コース内に留まって無事にターン1〜2を曲がり切れたかは疑問ですし、フェルスタッペンがコース内に留まっていた場合、2台は間違いなく接触していたでしょう。
コース外に出たフェルスタッペン側は『ピアストリが押し出した』という主張でしたが、イン側のピアストリにしてみれば、あれ以上自分の走行ラインをイン側に取ることは困難だったと思いますし、ドライビング・スタンダート・ガイドラインでも譲られるべきなのはピアストリでした。
あのターン1のショートカットは、グレーゾーンを使ったオーバーテイクを仕掛けたフェルスタッペンの動きが起因したものであり、コース内に留まったピアストリが前に立つ権利があります。もし、フェルスタッペンのように『コース外に飛び出してでもオーバーテイクをする』ことが許されるのであれば、今後はレースが成立すること自体が難しくなりますから……今回の裁定はFIA国際自動車連盟が多角的に分析し、正しい判断をしたと感じています。これは2024年第19戦アメリカGPでの議論やドライビング・スタンダート・ガイドライン改訂が生きたケースかもしれませんね。
■苦戦続くハミルトンと今季初表彰台獲得ルクレールのドライビングの違い
サウジアラビアGPではシャルル・ルクレール(フェラーリ)が3位に入り、フェラーリが今季初表彰台を獲得しました。今回フェラーリは50周のうち、スタートから履いたミディアムタイヤで29周を走る戦略を採りましたが、ルクレールはミスなく100点満点の走りを見せたと感じます。
後半にハードタイヤに履き替えてから38周目にジョージ・ラッセル(メルセデス)をパスできたこと、そして猛追を見せたノリスから3位を死守できたのは、やはりレース前半にミディアムタイヤを保たせる徹したルクレールの仕事ぶりと、フェラーリ陣営の戦略が正しく機能したからでしょう。
フェラーリの2025年型マシン『SF-25』はまだピーキーさが残り、移籍1年目のルイス・ハミルトン(フェラーリ)は苦労しています。フェラーリ7年目のルクレールは、フェラーリの走らせ方をマスターしており、そこがふたりの成績の違いが出ていますね。
特徴的な点はスロットルとブレーキをうまくオーバーラップ(アクセルとブレーキを同時に踏むこと)させながら走ることです。ルクレールは、クルマがピーキーな挙動となる中高速コーナーや低速コーナーでスロットルを全閉にせず残したまま、トラクションをかけ続け、ピーキーな挙動を抑えるテクニックを見せています。ここがまだハミルトンが届いていない領域です。
ただ、2025年型マシン『SF-25』を見ると、昨年型以上にピーキーなマシン特性に見えます。昨年はピーキーながらも予選でニュータイヤを履いた際の最大グリップがピーキーさをカバーして、速いタイムを刻むことができていましたが、『SF-25』はニュータイヤのグリップでもカバーしきれないクルマになっています。
ベテランのハミルトンが苦戦から脱却するべく、フェラーリ側がマシンをハミルトン好みにアップデートするのか、それともハミルトン自身がドライビングスタイルを変えるのかは興味深いです。現時点でコンストラクターズ4位につけるフェラーリがレッドブルの背中に迫れるか、それとも5位ウイリアムズに接近を許すのかという点も、注目していきたいですね。
さて、次戦はスプリントも開催されるマイアミGPとなります。マイアミといえば、昨年ノリスがF1初優勝を飾った地でもありますね。低速コーナーが多いコースですので、メカニカルグリップがよく、回頭性がずば抜けて良いマクラーレンが引き続きリードする展開となるでしょう。
ただ、スプリント開催ということもあり、通常のレースウイークよりも持ち込みセットアップが重要になります。持ち込みセットアップをまとめ上げることができれば、中国GPのハミルトンのように、意外なチームやドライバーがマクラーレンを先行する展開もあり得ると考えています。
【プロフィール】中野信治(なかの しんじ)
1971年生まれ、大阪府出身。無限ホンダのワークスドライバーとして数々の実績を重ね、1997年にプロスト・グランプリから日本人で5人目となるF1レギュラードライバーとして参戦。その後、ミナルディ、ジョーダンとチームを移した。その後アメリカのCART、インディ500、ル・マン24時間レースなど幅広く世界主要レースに参戦。スーパーGT、スーパーフォーミュラでチームの監督を務め、現在はホンダレーシングスクール鈴鹿(HRS鈴鹿)のカートクラスとフォーミュラクラスにおいてエグゼクティブディレクターとして後進の育成に携わり、インターネット中継DAZNのF1解説を担当。
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