1996年、F1はアデレードを離れたわずか4カ月後、メルボルンで初めてグランプリを開催した。そこから30年を経て、今やメルボルンはF1のカレンダーのなかで最も人気のある開催地のひとつだ。
1985年にF1カレンダーに加わったアデレードは非常に人気のある都市で、初年度はケケ・ロズベルグがウイリアムズ・ホンダでの最後のレースで勝利し、またニキ・ラウダ(マクラーレン)は一時レースをリードしたもののクラッシュを喫しキャリア最後のレースを終えた。しかし州政府が当時のF1の最高権威者であるバーニー・エクレストンに対し、彼が断れない提案をしたため、アデレードはメルボルンに敗れた。
