手首の骨折から4戦ぶりの復帰を果たしたハジャーは予選4番手、決勝3位という結果を残し、2位フェルスタッペンとともにレッドブルにとって2年ぶりのダブル表彰台を実現させました。

 この週末、ハジャーはフリー走行の段階から驚くほどドライビングが丁寧でした。やはり、クラッシュでまた手首を痛めかねない状況を避けたかったからでしょう。絶対にミスをしない走りとは、自分のポテンシャルを100パーセント引き出さず、90パーセントくらいで走ることを意味します。これは、フリー走行から100パーセントを出すのが常だったこれまでのハジャーとはビルドアップの仕方が明らかに違いました。

 当然、怪我からの復帰戦という難しい状況だからこそというのもありますが、私はハジャーのマインドセットがいい方向に進んだように感じました。100パーセントを出すのが常だったドライバーが90パーセントで走るとなると、一見すれば消極的で『ハジャーらしくない』と感じられたかもしれません。ただ、逆にハジャーにとってみれば『抑えて走っても意外に速く走れる』という学びを得ることができた機会だったのではないかと考えています。

2026年F1第15戦アゼルバイジャンGP アイザック・ハジャー(レッドブル)

 そして、もうひとつハジャーのマインドセットが変わったなと感じたのが、決勝の無線です。ハジャーはソフトタイヤを履いて4番グリッドからスタートしましたが、序盤はミディアムタイヤを履くフェルスタッペンの方がペースが良く、6周目に2台がテール・トゥ・ノーズになると、ハジャーに「フェルスタッペンが後ろにいる。レースタイムが大前提なのは覚えているよね」とチームから無線が飛び、ハジャーは7周目にフェルスタッペンにポジションを譲りました。

 ただ、先述のとおりソフトスタート勢のペースが良くなると、3番手フェルスタッペンはソフトタイヤを履く2番手オスカー・ピアストリ(マクラーレン)を抜けず、逆に4番手ハジャーに迫られる状況となりました。ただ、追いついたハジャーはチームから「もしフリーエアなら、どれほど速く走れるかい?」と尋ねられると、「0.2〜0.3秒かな。でも今のポジションでいいよ。その方がタイムロスしないと思う」と、とても紳士的な返答でした。

 FIA F2時代からハジャーは熱い無線で知られていただけに、これには驚きました。相手がフェルスタッペンだということもあるでしょうけど、状況を把握した上で冷静に無線を使う。こんなこともできるようになったんだと驚くと同時に、普段もこれくらい大人な感じで戦えれば、レッドブルの流れは良くなると感じました。

 というのも、やはりレッドブルにすればエースであるフェルスタッペンを優先したいです。レース前半はソフトタイヤが優位的になったことも、ハジャーがフェルスタッペンに追いついた時点でチームはすでに理解していたでしょう。ただ、レース後半はフェルスタッペンがソフトタイヤを履き、ハジャーがミディアムタイヤを履くことになるため、レース後半はフェルスタッペンが速くなることは明白でした。

 そのため、もう一度ポジションを入れ替える(ハジャーを前に出す)ことはチームとしてやりたくないことであり、フェルスタッペンはそれをわかっていたからポジションをキープしています。同時にハジャーもそれを理解していたからこそ、ポジションの入れ替えをアグレッシブに要求するようなことはしなかったわけです。ハジャーが冷静に状況を判断できる大人になったことで、レッドブルの戦略がスムーズに動き、結果的に良好な関係のままダブル表彰台を実現しました。

 ハジャーが冷静になれたのは、レッドブルとの契約延長を発表できたからというのも要因のひとつかもしれませんね。復帰戦となったアゼルバイジャンGPのもうひとりの主役になったと思います。

2026年F1第15戦アゼルバイジャンGP マックス・フェルスタッペン(レッドブル)とアイザック・ハジャー(レッドブル)

■ホンダとアストンマーティンが勝てるパッケージを作り上げるために

 さて、10月1日よりホンダ・レーシング(HRC)のF1PU開発責任者(LPL/ラージ・プロジェクト・リーダー)が変更となり、深尾洋一郎氏新たなLPLに就任しました。ホンダは新体制のもとPU開発に取り組んでいくことになります。今現状を指して何を言っても時間が巻き戻ることはありません。今の苦戦には必ず理由があり、それをホンダとアストンマーティンが理解した上で、来年、再来年に向けてしっかりと時間をかけて、勝てるパッケージにしていこうという意志が共有できていれば私は問題ないと感じます。

 ホンダにも、アストンマーティンにも素晴らしい技術や能力を持った人がいます。今の苦戦は、おそらくこのプロジェクトがスタートした際からすでに始まっていたものなのでしょう。その理由はホンダなのか、アストンマーティンなのか、両方なのか。そこは内情を見ていない第三者の我々が言及する部分ではありません。そこを当事者が一番理解し、どのように変化させて、どのようにもう一度作り上げていくのかというのが今の段階だと思います。

 今大切なことは、ホンダとアストンマーティンがどのような関係性が築けてるかであり、どのようなマインドセットで次のステップへ向けてともに歩みを進められるかだと思います。そのなかで、フェルナンド・アロンソとランス・ストロールの契約延長はポジティブな話題です。ホンダとアストンマーティンがF1で勝てるパッケージを作り上げるまで、時間は必要です。ただ、いずれトップを獲ると私は思います。そのためにも、ホンダとアストンマーティンの良好な関係が長期的に継続されることを願っています。

アストンマーティンとホンダのスタッフ
2026年F1第15戦アゼルバイジャンGP 決勝前に準備を進めるアストンマーティンとホンダのスタッフ

【プロフィール】中野信治(なかの しんじ)

1971年生まれ、大阪府出身。無限ホンダのワークスドライバーとして数々の実績を重ね、1997年にプロスト・グランプリから日本人で5人目となるF1レギュラードライバーとして参戦。その後、ミナルディ、ジョーダンとチームを移した。その後アメリカのCART、インディ500、ル・マン24時間レースなど幅広く世界主要レースに参戦。スーパーGT、スーパーフォーミュラでチームの監督を務め、現在はホンダレーシングスクール鈴鹿(HRS鈴鹿)のカートクラスとフォーミュラクラスにおいてエグゼクティブディレクターとして後進の育成に携わりつつ、フジテレビFODのF1レギュラー解説者を務める。

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