■エンジニアの“頭脳”を戦略寄りに
3つ目のポイントとしては、レース中の的確な戦略判断が挙げられる。開幕戦のイモラではタイヤを複数スティントにわたってうまく使い、セーフティカーも絡めて上位に進出。第2戦スパ・フランコルシャンでも序盤から他車とピットインタイミングをオフセットする戦略によって大幅に順位を上げた。
そしてル・マンの決勝でも、序盤にしてメイン集団とはピットタイミングをオフセットする戦略を採用。クリーンエアのなかでペースを上げ、セーフティカーでのリセットにより上位を確実なものとした。
また、レースの最終盤には、直接順位を争っていたBMW、キャデラックを相手に、臨機応変に戦略を適用。7号車と8号車でタイヤ交換のシークエンスを分けるなど、チームプレイも交えながら、次第に7号車がレースを優位に進められる状況を作り出した。
戦略に関する分析や意思決定については、昨年から組織を変更するような改革こそ行っていないものの、重要課題として受け止め、確かな改善を重ねてきていた。
「多少、強化しているところはありますが、“頭脳”の部分でいうと基本変わっていません。ただ、その“頭脳”の振り分け方の部分で、より戦略のところに寄せられるようにした……というのは、多少あるかなと思います。フワっとした説明ですみません(苦笑)」と不敵に笑う一貴チームディレクター。
タイヤマネジメントやライバル勢の出方も絡む戦略面は、データやラップタイムの数字も当然ながら、即時即応の“判断力”がモノを言う領域だが、「ツールの部分も含めて、できるだけ(戦略決定の)サポートをできるようにしなければいけない、という部分はまだまだ課題です。正直、だいぶ属人的なところもあるので、そこはチームとしての課題ですかね」と一貴チームディレクターは言う。
とはいえ、今季ここまで戦略を絡めてポジションを上げているという事実は、その成果が徐々に形となっていることの証と言えるだろう。
■「ドライバーなしでは成立しない」エンジニアリング
以上、エンジニアリング面を中心に3つの勝因を見てきたが、ル・マンを制覇するためにもうひとつ絶対に外せなかった要素がある。それはもちろん、最初から最後まで高いパフォーマンスを発揮し続けた、トヨタ・レーシングの6名のドライバーの存在だ。
とりわけ、日曜の朝を迎えてからのキャデラック、BMWとの接戦のなかでは、針に糸を通すようなオーバーテイクを何度も見せてくれただけでなく、タイヤマネジメントや戦略判断などを含め高いレベルの走りをミスなく続けた彼らの力があって、ダブル表彰台という最高の結果をつかむことができた。
テストデーの直後、可夢偉に『For the Engineering Race』というスローガンについてどう思うかと問うと、「ドライバーが優先順位の一番ではなくなったということで、これからメディアセッションもエンジニアが出た方がいいんじゃないですか?」と不貞腐れた“フリ”をして笑いをとった。
ファンの中にも、スローガン発表時には「ドライバーが一番ではないのか?」と不安になった方もいたかもしれない。ただ、実際は「ドライバーとしてのインプット、アウトプットは僕らエンジニアのインプット、アウトプットとなって次につながっていくので、ドライバーも含めてエンジニアリングだと思っています」(パワートレインを統括する佐藤真之介エンジニア)、「クルマづくりという意味でのエンジニアリングは、ドライバーがいなければ成立しない」(一貴チームディレクター)と、両者一体となってレース活動に取り組むというチーム内の認識に変わりはなかった。いや、むしろそのチームワークは、以前より強くなっていたかもしれない。
そんな両者の信頼関係と、TR010ハイブリッドを走らせた6人のドライバーのレベルの高さは、優勝を決めたあとの可夢偉のコメントにも滲み出ていた。
「僕らには、『はい、分かりました!』と言って、エンジニアからの指示どおりに乗れる“引き出し”があります。それができるから、プロのドライバーとしてやれているんです。そういう意味でも、(ドライバー全員が)このレベルだから、『エンジニアリング・レース』ができる部分もあるんですよ。そして、それだけのエンジニアが集まっても、ドライバーが『いや、これは違うよ』とはっきり言うこともできている。そんな形でのクルマの開発を、今後もっとやっていきたいですね」
新生TOYOTA RACINGが大切にしているものは何か。充実感あふれる可夢偉の静かな微笑みのなかに、その答えがあるような気がした。



